前回はポルシェについて分析していきました。
市販車分析ポルシェ編。耐久王の異名。何故スーパーカーと呼ばれない? – アルボンノート (albonnote.com)
そして今回はフェラーリの歴史と分析をしていきたいと思います。
フェラーリ言えば車好きなら誰もが憧れるスーパーカーの元祖。
もし、手元に大金があったら・・・とお思いの方は沢山いらっしゃるはずです。
私もフェラーリは自動車メーカーの中では1.2を争うほど好きなメーカーです。
今回は力を入れて解説していきたいと思います。
根っからのレース屋
フェラーリの歴史を辿っていきましょう。
1929年レーシングチーム、スクーデリア・フェラーリとして誕生。
当時はレースへの参戦のみで、市販車の販売は一切行っていませんでした。
因みにレーシングチームである”スクーデリア・フェラーリ”のスクーデリアは、元の意味は厩舎という意味です。
それが何故かチームという意味で扱われるようになりました。
しかしレースへの参戦の為には莫大な資金が必要。
その資金調達の為の手段の一つとして、1947年にフェラーリは遂に市販車販売に乗り出します。
フェラーリ最初の市販車は125Sです。
しかしその当時販売されている市販車は、元々はレースで出走していた車。
そのレースを引退した車をデチューン(意図的に性能を下げること)し一般向けに販売していました。
しかし元々レーシングカーだったものを改造して売られていたものであり、「うるさい」「故障が多い」と車の質は良くなくあまり評判のいいものではありませんでした。
創始者であるエンツォ・フェラーリが「V12エンジンではないフェラーリは、フェラーリとは呼ばない」
との一言で60年代に入る前にスーパーカーの象徴でもあるV型12気筒エンジンの開発を開始し、市販車に搭載されるようになります。
当時の代表的な車種の一つが365GT4BBです。
その当時は大排気量エンジンとデザインが世間から評価され、高級車としての地位を確保していきます。
しかし、エンツォは人の選り好みが激しかったこと、大半が手作業だったためコストがかさんでしまいます。
そして極めつけはモータースポーツに対して巨額な投資をしていたため、経営危機に陥ります。
数年後にフォードに買収される寸前まで話は進みましたが寸前で交渉決裂。
更にその数年後フェラーリとフォードはル・マンでライバルとして鎬を削ることになります。
当時の参戦車種330はフォードGT40と優勝争いをしました。
映画化もされています。
その際に元から力を入れていたF1に加え、ル・マンへの参戦(プロトタイプ)にも力を入れていたため、経営状態は更に悪化させてしまいます。
この状況を打開するべくフェラーリはフィアットとの提携を開始。
フィアットの傘下に入ることになります。
創業者エンツォ・フェラーリはF1の活動に専念、市販車開発の権限を完全に握ったフィアットはV8フェラーリの開発に取り掛かるようになります。
このV8エンジンを搭載したフェラーリはベイビーフェラーリと呼ばれ、後に登場する458、488、F8。
カリフォルニア、ポルトフィーノ、ローマ等、フェラーリの主力モデルとして活躍します。
そしてフィアット傘下時には、限定モデルも登場。
フェラーリの限定モデルの生産台数は499台などと非常に中途半端ですが、これはフェラーリによる経営戦略によるもの。
因みに限定車ですが、限定モデル言われることを嫌うそうです。(営業の方談)
しかしフェラーリの経営が再び傾くことに。
それは創始者エンツォ・フェラーリの死です。
この当時は市販車の販売もままならず、本業のF1の方も暗黒期に突入してしまいます。
F92Aは当時の暗黒時代を象徴する一台です。
フェラーリのお家芸とも言える内輪揉めが発生しF1での優勝はおろか、入賞すら厳しい状況に追い込まれてしまいます。
その状況を変えるためにルカ・ディ・モンテゼモロが社長に就任。
1993年にはフェラーリによるワンメイクレース”フェラーリ・チャレンジ”が初開催。
イメージの回復を図ります。
本業のF1の方にも改革に取り掛かり、1999年には16年ぶりにコンストラクターズ・チャンピオン獲得。
2000年にはミハエル・シューマッハが、1979年ジョディ―・シェクター以来のドライバーズ・チャンピオンを獲得。
モンテゼモロによりF1チーム、スクーデリア・フェラーリは再び全盛期に突入。
本業の好成績により市販車事業も好調。
名車360モデナを始め後継430、前述にも出しましたが2+2モデルのカリフォルニアの登場。
実はフェラーリには奥山清行という日本人デザイナーがおり、市販車事業55周年を記念したエンツォ・フェラーリの誕生、限定車ではあるもののこれも売れ行き好調。
新興国にも事業拡大を行っていたことで、2008年に起きたリーマンショックにも全く動じることがありませんでした。
モンテゼモロは手を緩めず、中古F1マシンのメンテナンス。
サーキット専用モデルの開発、メンテナンス、ワンオフモデルの受注。
写真はサーキット専用モデルFXX Kです。
ラ・フェラーリをベースにしています。
更にはアパレルやミニカー(BBR)などのサイドビジネスにも着手し始めました。
モンテゼモロは様々な改革を施した後2014年限りで社長を退任。
2015年にはフィアットから独立し再び上場。
しかし、本業のF1は2007年にキミ・ライコネンのチャンピオンを最後に。
コンストラクターズ・チャンピオンは2008年を最後にタイトル獲得から遠ざかってしまっています。
フェラーリの色って赤?それとも黄色?
皆さんはフェラーリと言ったら何色をイメージされるでしょうか?
写真のような赤色をイメージされる方が多いはずです。
フェラーリには赤色だけでも何種類もの色があり、最も代表的な色がロッソ・コルサ。
直訳するとレーシングレッドという色になります。
F1チーム、スクーデリア・フェラーリに使用されている赤はロッソ・スクーデリア。
こちらの赤色は真っ赤なロッソ・コルサと比べて少し朱色がかった赤色になります。
そもそもフェラーリ=赤色というイメージは何故定着したのでしょうか?
じつはここにはレースが関係しているのです。
昔のレースでは国によってナショナルカラーがあり、マシンの色が決まっていたのです。
例えばドイツの場合のナショナルカラーはシルバー。
メルセデスがシルバー・アローと言われる由来はここから来ているのです。
イギリスは緑(モスグリーンのような暗い緑)
ブリティッシュグリーンという色は有名かと思います。
そして、イタリアのナショナルカラーは赤でした。
その当時のマシンカラーが赤だったためにフェラーリ=赤というイメージが定着したと言われています。
しかし、フェラーリを象徴する色は実は黄色とも言われていることをご存じでしょうか?
フェラーリの本拠地といえばイタリア。
所在地はエミリア・ロマーニャ州モデナ県です。
エミリア・ロマーニャ州に本拠地を置いているのはフェラーリだけではなく、ランボルギーニ・パガーニ・マセラティ、更にはバイクメーカーのドゥカティもここに本拠地があります。
因みに本社はそれぞれ散らばっており、フェラーリはマラネロです。
モデナ県を象徴する色は黄色です。
フェラーリで使われている黄色は、”ジャッロ・モデナ”と呼ばれ、色の名前に県の名前が使われていることからも伺うことができます。
フェラーリで最も人気の色はロッソ・コルサを中心とした赤ですが、ジャッロ・モデナはこれらに次ぐほど人気の色です。
フェラーリはF1マシンにも黄色で出走をしたことがあり、2022年のイタリアグランプリには、マシンとレーシングスーツともに黄色で出走しました。
フェラーリの維持と本音
では、フェラーリという車はどういうものなのか。
私の知る限りの知識で、購入や維持について触れていきたいと思います。
フェラーリは停車時、常にバッテリーを充電しなければなりません。
それは何故なのか?
停車時にセキュリティが働くため他の車に比べてバッテリーの衝撃がかなり早いです。
バッテリーを上げないように常に気を配らないといけません。
特に屋外での保管の際には要注意です。
私もフェラーリのディーラーに何度かお邪魔する機会がありましたが、展示されている車には、全てバッテリーが充電されていました。
そしてフェラーリ保険が大変です。
万が一事故を起こしても費用が高すぎるため、保険が下りない時があります。
車庫の室内は常に常温でなければいけません。
フェラーリのようなスーパーカーの内装は皮が使われていることが多い。
常温保存することによって皮が傷まないようにしています。
当然屋外保管では皮も傷みますし、赤や黄色の原色系の色は色落ちが激しいです。
やはりスーパーカーにとっては車庫というものが必須なのです。
しかし、大変な事ばかりではありません。
やはりさすがはスーパーカーの元祖。
ご存じの方は多いと思いますがフェラーリは動く不動産と呼ばれているほど資産価値が高い。
買った時の価格よりも売却価格の方が高いというケースも良くあります。
残価設定ローンによって月々の支出を抑えながら乗ることも可能です。
営業の方曰く、一括で買う方よりもこのようにローンを組んで購入されるという方も多いそう。
当然残価設定ローンはメリットだけではなく、デメリットもあるはずなので、購入を検討されている方は、よく調べてから動く方が良いと思います。
そして、古いモデルを買うよりも比較的新しいモデルを買った方が得、ということも話されていました。
理由として、古いモデルは修理などによって修理費が高くなるというもの。
例えば2000年代に発売された360モデナなどのモデルのトランスミッションには、F1クラッチと呼ばれるものが使用されています。
クラッチの交換ともなれば3桁台の出費を覚悟しなければなりません。
クラッチの残量はパソコンなどを通して確認することができるそうです。
営業の方は、フェラーリはスーパーカーでありながら、敷居が低い車だと仰っていました。
年一のイベント”フェラーリ・レーシング・デイズ”
毎年この時期になるとフェラーリは年に1回オーナーとファンによるイベントが開催されます。
イベント名は”フェラーリ・レーシング・デイズ”
フェラーリオーナーが自分の車でサーキットを走る、それだけではなく歴代のフェラーリのF1マシンがサーキットを走ります。
昨年は富士スピードウェイでの開催。
その際には2003年マシンのF2003と2010年型マシンのF10等が出走しました。
V10エンジンのサウンドはきっとすごい音量だと思います。
今年は6月29日(土)~30(日)鈴鹿サーキットで開催される模様です。(要チケット)
ここではフェラーリ・チャレンジが開催されるようです。
ここ最近ZOZOTOWNの前澤友作社長が参戦していることで話題になっています。
つい先日大事故を起こしドクターヘリで運ばれたようですが、大事には至らなかったようです。
フェラーリが好きな方、F1マシンが好きな方にとっては必見のイベントでしょう。
今回はフェラーリについて説明していきました。
これを読み終えてフェラーリに対する印象は変わりましたか?
フェラーリはこの一回では語りつくせないほど奥が深いメーカーなので、また時期をみて各モデルの説明などをしていきたいと思います。
今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。
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